耕木杜…木を耕し杜(もり)に帰る  
 
木造建築の日本なのに、きちんと伝承できている技術がほとんどないといってもいい。
人材育成と技術の継承は、今日、我々が直面する重大な問題のひとつです。
今月は、次世代の職人の育成のために必要不可欠な、けれども現代の建築界に最も欠けている、
3つの大切な要素についてお話したいと思います。


ホンモノの仕事に携わる



昔ながらの本物の木造建築は、大工のほかにもブリキ屋、瓦屋、左官、建具屋など、
そしてそれぞれの職人の道具を作る鍛冶屋…と、様々な分野の職人の精巧な手仕事の集まりの様なものです。
そしてそのような仕事は、実際の日々の手仕事の積み重ねの中でしか身につける事は出来ません。
かつて職人の若衆達は、厳しい師弟関係の中、現場で親方や先輩に怒られる中で、
体で仕事の仕方と仕事に対する意識、そして生き方を学び、知恵と技を継承してきました。

いい人材を育てる手段として、いい仕事に携わる中で経験を積むことが最も効果的で最も重要といえます。

けれども、現代の主流となっている新建材を使った即席の家づくりでは、材料はほとんど機械で加工され、
大工はそれを簡易的に決まった形に組み立てていくだけ。
道具も技術も必要ありません。
若者たちは意欲があっても腕は磨く機会が得られず、本来の職人技はすたれる一方。
将来の職人の手本となる建築ものこらない。
これは、建築界にとっても社会にとってもとても危機的な状況なのです。

私がお客さんと直接話し、建築全体に携わる元請けの仕事にこだわるのは、自分の考えのの届くところで、
目指すいい仕事をするためであり、いい環境で次世代を育てるためです。
本物の建築とは何か、本当にいい家とは何か、住み手も作り手も真剣に見つめ直し、
早急に環境を整えていかなくてはなりません。


技術の透明化



技術を伝える側はどうでしょうか。
私がまだ修行の身だった頃、
親方や先輩から昔ながらの高いレベルの技術を直接見たり教わったりしたことはありませんでした。
近代化の中で本来の師弟関係が崩れはじめた当時の職人の世界では、自分の習得した技術を秘める傾向があり、
自分の技術は自分で時間をかけて探し磨くしかなかったのです。
より早い段階で高い技術を習得できていれば、自分の中で理にかなうものをより研究し、もっと早く、
より上の段階へ行けたのではないか、と今でも思います。

閉ざされた環境の中で育った今の親方たちは、それぞれ教え方も答えも違い、
それを言葉で表現するのが難しく伝わりにくい。手仕事の技術は感覚的な事も多く、
体験ではなく言葉で教育を受けて来た若者にとって、どうして理解していけばいいのか、
どれが正しくどれを信じていいかわからないというのが本音ではないでしょうか。
後継が明確に技術を身につけるためにも、職人自身のさらなる向上のためにも、技術はある意味、
理論的に常に公開され、刺激しあい、伝承されるべきだと考えています。


柔軟な教育システム



その道のプロフェッショナルを育てるためには、より早い段階で実践に身を投じて、
体で仕事を覚える機会がとても大切です。
肉体と骨が成長する時期が最も体が吸収しやすく、精神も鍛えやすい。
大工なら中学卒業くらいまでから修業を始めるのが最も効果的です。
その時期を逃すと、何倍努力をしても追いつくのは難しくなります。
若いうちは、見ているだけで沢山の事を感覚として吸収しその通りに体が動く。
知識は技術の裏付けです。先に知識が入ってしまうと、知識が邪魔をして、頭脳と体がちぐはぐになりやすい。
覚えるという事は身につくという事でなくては役に立ちません。

しかし、実際大学卒業が常識と考えられる現代の教育システムの中では、
早くても高校卒業を待たなければいけないという現実があります。
皆が平均的な学歴を習得することが果たして、本当に合理的なのかは疑問です。
人はそれぞれ、得手不得手があります。高校、大学で落ちこぼれを出す前に、より早い段階で自ら将来を選択し、
それぞれのプロフェッショナルを目指せる教育機関があってもいいのではないでしょうか。
必要とあれば学問は後からでも追いつくことができますが、体の習得はできるだけ若いうちがいい。
頭より先に、有り余るエネルギーを一生懸命取り組めるものにぶつけ、
失敗しながら自分を磨きあげる機会が必要です。
若い時に培った強い精神力や忍耐力、そして技術は、その後の人生を切り開く糧になる事は間違いありません。

経済活動の中では、「人を育てる」ことは投資です。
家を建てる以上にエネルギーと時間を費やす大変な仕事です。
しかし、良い人材は社会全体の将来にとってはかけがえのない財産であるはずです。

同じ志を持つ者の裾野が広がる事を願いつつ、2010年のコラムは終わります。

自分にとっても2010年は大きな環境の変化の年になりました。
2010年は「新しい建築」というテーマをかかげながら、それを裏付ける技術と精神、
そして家は生活する場として、暮らす人達がより豊かにその人らしい質のいい暮らしが出来る様、
落ち着いてしっかりと取り組んでいこうと思っています。

2011年1月のテーマは「建物とその周り」
家に入るまでのアプローチ、その道のりで目に入る樹や植栽、部屋からみえる庭、
家は建物だけではなくその周りも含めてはじめて完成となる。
樹達の成長はそこに暮らし人たちの成長となり思い出になります。
いい樹とは。アプローチの考え方など、総合的に書いていこうと思います。

耕木杜代表 阿保昭則