耕木杜…木を耕し杜(もり)に帰る  
 
今回は「道具」について話をしたいと思います。
職人にとって道具はとても重要です。ここでは大工が使う手道具について。
代表的な鑿(のみ)鉋(かんな)鋸(のこ)などはたいていの人は一度くらいは見た事があるのではないでしょうか。
一つ一つについて話をするのは別の機会にして、今回は全般的な事を書こうと思います。

わたしの道具観



いい大工かどうかすぐ見極める秘訣をお伝えしましょう。ズバリ、道具がきれいな事!
もちろん飾りではなく いつも使っている道具です。
自分は道具はいつでもすぐに使えるように、常に手入れをして整えておきます。
刃もきれいに砥いでおくし、鋸(のこ)クズがついたまま道具箱にしまう事は絶対ありません。
仕事の中で刃こぼれしたり ゆがんだりした道具も放っておかないし、
鉋の台なども温度や湿度でくるわない様に工夫して管理します。
いざ仕事に向き合うとき 一切の余計なことには時間や気持ちを費やしたくはないからです。
それらの積み重ねが 毎日使っていながらもいつもきれいで いつでも道具として良い状態で使うことが出来
結果良い仕事に結びついていくのだと思っています。 

それは仕事中でも同じです。
仕事に追われるあまり、道具があちらこちらに散乱していたり、床や地面に置かれている光景をよく見かけますが、
理論上も安全面においても絶対やってはいけない事です。
耕木杜の作業場では絶対あり得ません。
そういういい加減な管理では道具はその性能を発揮しさらに上を目指すことが出来ないからです。
道具は使う人の鏡です。どの程までの仕事が出来るかは使っている道具を見ればわかります。
どんな道具を選んで 道具に対してどういう風な気持ちで向き合っているか。
どんなにいい道具を持っても、腕が追いつかなければ使えこなせず、宝の持ち腐れになってしまいます。
プロの道具とはそういうものだと思っています。

職人の道具は専門の道具屋でしか買うことは出来ません。
以前 良い道具屋はそれぞれの道具のことに詳しく、道具に見合った技量にあった相手が使うべき
という考えを持っていました。
腕の未熟な職人にはいい道具は売ってくれないことも当たり前でした。
職人にとっては誰にでも何にでも使える道具はいい道具と限らず、
その切れ味や場面場面にあった道具をどこまでも追い求めたいという気持ちがあります。
私が小僧見習いだった時、初めに親方からもらった道具は鉋1丁と鋸2丁、鑿本と玄翁(げんのう)1丁、
それも大工道具で一番安いもの。これだけでした。
これで出来る仕事には限界があり、それ以上のことはできないし、させてもらえません。
そんな中で自分の持っている道具で工夫しながら腕を磨き、道具の良し悪しも学んでいきました。

道具を作る



道具は買っただけでは、まだ自分の道具とは言えません。
買ったらまず、自分で整えることがとても大切。
鉋の台を彫り鑿や玄翁(げんのう)の柄を削ったりすげ替えたりして、自分のカラダに合わせて工夫をして作ることで
道具の特性や自分の技量や癖、自分にあった道具はどういうものか。
そういう意味でだんだん楽しく仕事ができるようになりました。

私自身、経験上集めたデータから、道具に対して独自のルールをたくさん持っています。
例えば、鉋の台の厚みは一般には1寸2分(36mm)ほどですが、自分は1寸(30mm)がちょうど良いと思っています。
これは削っている鉋の刃先の感触が自分の手にちゃんと伝わる厚みです。
鉋についていえば台の長さも一般的には9寸(27cm)。自分としては尺3寸(役40cm弱)くらいないと
良い削りは出来ないと思っています。
理由は次回話すとして「削ろう会」という鉋削りの技術を競う集いで注目されるようになってから、
この厚さは良く見かけるようになりました。

自分=鉋というイメージをよくもたれますが、実は、「玄翁」にも大きなこだわりを持っています。
玄翁はどこにでもあるただたたくだけの道具の様でありながら、
大工にとっては玄翁がしっかりと的確に振れるかどうかが基本でとても需要です。

まず、大工は金槌のことを玄翁と呼びます。説はいろいろあるようです。
いわゆる、対照的に打面が2つある、釘を打ったり鑿のかつらをたたいて木を削ったりする道具です。
(最近は大工道具の教科書でさえ、片面が釘抜きになっているハンマーを玄翁と誤って表示していたりしますので、念のため。)

少し専門的な話になりますが、玄翁の柄は大工は自分ですげます。
ただすげ方はあまり重要視されてこなかったのか、自分から見ると いい玄翁の柄をひとつも見たことがありません。
玄翁の柄は一般的に、玄翁の頭の重さに関係なく、頭を手の平ににぎり込んで、ひじの内側に柄がすっぽり納まる
長さをその人の常寸としています。太さもどれもみんな同じ。
このことが、若い時分からずっと疑問でした。
たとえば鑿で仕事をする場合、よく使われる刃幅一寸六分(48mm)のと幅広の4寸のを叩くのとでは
伝えたい力加減はどうでしょうか。
玄翁の用途と力のかかり方によって、頭の重さ・柄の長さ・太さはそれぞれ適切な形があるはずだと
ずっと思ってきました。
自分は、玄翁の頭の重さによって9種類を使い分けています。
自分なりに研究を重ねた結果、今では重さに対しての柄の太さがきれいに比例するのを発見し、
長さもふくめて自分のデータを持っています。紹介します。
頭の重さ【匁】 太さ【mm】 長さ【mm】
300 38x50 309
200 36x48 273
180 35x47 280
160 34x46 288
140 33x45 294
120 32.5x43.5 300
100 32x42 308
80 31x41 313
60 25x33.5 327
※1匁(もんめ)は約3.75グラム

道具とつきあう



職人にとって道具は自分の体の一部であり、自分を助けてくれる相棒です。
道具選びはじっくり自分との相性を見極めることが大切です。
道具としっかり向き合うことで自分を磨いていく事にもつながります。
職人はホームセンターで売っているような道具や替え刃の道具は使うべきではない。
道具は使えば、減ったり、ゆがんだり、折れたり欠けたりしますが、自分で出来る限りは工夫して直しや調整をして、
しっかり付き合っていく事です。

また、大工道具店で売っているものよりも、自分のために作ってもらった道具の方が、より愛着がわき、
自分に合った道具として大切に育てていくという考えもあります。

意外と相性のいい道具と出会うのは、人と同じでとても難しいです。
沢山の道具を使ってきた私の経験から、道具は銘や形がどうのというよりも、道具の作り手の技術と感性、
精神の込め方など、自分の感性とあったものが、自分にとってなじみがよく身近でいい道具と呼べるのと思います。

一方で、今はなかなかいい道具に巡り合えないという様々な事情もあります。
例えば、自分たちの周りの家つくりにおいては プレカットが大半を占め、手刻みで家を建てなくなり、
ほとんど手鋸(てのこ)を使わなくなった。
使ったとしても替え刃の鋸が重宝がられる様になってしまった。
結果の本来の鋸をつくれる鍛冶屋と刃が切れなくなったときに頼む目立て屋がほぼ消滅の危機、
自分はある程度は自分で目立てをしますが刃を研ぐための良いやすりも本当に少なくなりました。
この数十年のわずかな間に、適当な道具で済んでしまうような仕事ばかりになってきたからです。

今、私たちは大急ぎでもう一度、手仕事のよさを見直すべき時だと感じます。
手仕事の屑はとても美しいけれど、機械からはホコリとゴミしか生まれません。
これは何を意味しているのでしょうか。

技術の継承を活性させるためにも、
若い世代に手道具の使い方を基礎からしっかり伝える機会を作りたいと思っています。
教育システムが大きく変わったにもかかわらず、
職人の世界ではいまだに、親方の我流を体で覚えるという形のままです。
けれども、高校卒業を待ってからの修行は、体で学ぶには大変なハンディで、我流すら伝わらなくなっています。
まず道具の使い方を明確に伝え、しっかり統一した基礎を築くことが
将来のために最も重要なことではないでしょうか。

耕木杜代表 阿保昭則

次回は
技術について話します。