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●「竹中大工道具館」H18年度企画展 展示用銘木鉋掛け 【総評】
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「銘木手鉋仕上げを引き受ける
神戸の竹中大工道具館の館長から 連絡が入る
「道具館の今年度の企画展に展示する銘木を手鉋で仕上げて貰いたい」と
詳しい内容もさほど聞かなかったが 自分の技術が役に立つのならばと 快く引き受けた
大工道具館の企画展では 昨年の開館20記念巡回展「木の匠と鉄の匠」の東京展が
竣工したばかりの竹中工務店東京本社の新社屋の1Fギャラリーで開催され
依頼されてロビーで関連された子供体験教室で鉋削りを披露した
昨年の企画展
近じか 銘木が保管されている所で 展示にふさわしい木の選定を
木挽の林以一氏他関係者で行うので来て欲しいと言う事だった
快く引き受けた
木挽の林以一氏と 昨年初めてお会いした記念の写真
考えて見れば現役の大工のした事が 道具館に展示され 多くの人達(同じ職人達も)に
披露されるなんて滅多にある事ではない それも有名なお寺などを手がけたとか
誰でも知ってる建物を建てたとか 何も無い ただの大工がだ
大工の業績や道具を紹介する博物館は少ないし 国宝に認定された大工道具は無い
そこに登場する 名工 名道具の作者は 思い出話と共にすでに亡くなっている
数はすくないが 精魂込めて造られている古い道具は多くの事を教えてくれる
願わくば 作り手と語り会ってみたかった どんな思いをこめて造って来たのか
時間に余裕があった訳ではないが 自分の大工としての人生の中で
今後ないだろう 貴重な経験となると直感した
削る材料が何であれ いつも取り組んでいる事の延長だから
のまれたり やり遂げる事への不安は全く無く ただ純粋な気持ちで いい緊張感を
もってやる その事を心掛けよう
銘木保管庫
銘木保管庫の1階です 銘木を寄贈した長谷川萬治氏の銅像があります
数日後 竹中工務店東京本社から車で10分ほどの所にある
国の施設である銘木保管庫で 樹木の選定と 鉋削りに掛かるおおよその日程の
検討がされた 大小はあるが 計17枚 作業場所が保管庫の2階に限定される事
作業開始は8時30分以降 終わりは5時と決まっている
毎日通わなければならない時間と労力のロス
電気鉋でのねじれ取りから手鉋できっちり全部仕上げるのに 何日かかるか
それぞれの大きさ様子から 自分ひとりでざっと22日間を想定した
但し 材料が重いので 毎日の移動や掃除に結構 時間をとられてしまうので
鉋仕上げに集中できるように 掃除や 移動など手伝ってくれるボランテイアを募集する事にした
鉋削りの本格的な実践など 殆ど見れない時代だから
心ある若者が 名乗りを上げてくれたらいい経験になるだろうな 勝手に考えてもいたが
なかなか集まらなかった
鉋削りが始まる
想定した22日間で銘木17枚を きっちりし仕上げる為の
無駄の無い 段取りを考えていた
@保管庫の中に沢山並んでいる銘木の中から 今回仕上げる銘木を 目の前に集める
手で動かす事が出来ない銘木ばかり 全体の仕事量を常に確認できる様に
保管庫に設置してあるホイストを使いながら移動する この時一枚一枚の様子を確認し
手間がかる木か そうでもないか どんな風に取り組むか 頭に叩き込む
この作業の時はある程度なれている 耕木杜のスタッフをひとり連れて行った
大物の「春日局 欅」 他の銘木もまず一同に集める
A比較的難儀しそうな木は後回しにする
意外と思われるかもしれないが 今回の様に 沢山の種類も大きさも違う木を
仕上げる場合は これはかなり重要なことだと考えた
自分は 比較的鉋削りは日常的にやっているが さすがに色んな種類の樹の一枚板を毎日
削っている訳ではないから 気持ち慣らし 体慣らし 感覚鳴らしが必要だと判断した
これから約一ヶ月 毎日鉋削りをし行く訳だが 何日間かやって行くにつれて
より洞察力が高まり 感覚が自然に鉋削りに向いて行くと思った
木を整理しながら 難易度を自分なりにランクをつけて 仕上げる順番を決めていく
気持ち慣らしは 青森ヒバ
自分は青森出身 15歳で小僧に入り 土地柄から 青森ヒバばかり削っていたから
考えなくても容易に仕上げられる 自分にとっては解りきってる 青森ヒバはそんな木
ねじれもそれ程無いようだ 一日目 木の整理がついてから終わりまでの僅かな時間で
手鉋だけで仕上げた
環境を整えて
集中できる環境つくりを なるべく早く整える
@砥ぎ場の環境整備
最初はこんな感じで砥いでいました
削り場の2Fに水場は無く 砥ぎ水は1F外の流しからバケツで運ばなければならない
精度の高い仕上がりを想定している自分にとって 綺麗な水の確保はかなり重要な事
多分かなりの回数を砥ぐ事になるだろうから しゃがんで砥ぐのも労力が勿体無い
制限された場所でも 整備された砥ぎ場の確保が急がれる
適当な高さと大きさの流しを中古の厨房屋で探し 掃除をして持ち込む
水は 階段の上がり下がりを極力少なくする為バケツを沢山持ち込んだ
トイレに行く時もどんな時も手ぶらで階段を下りないし 上らない 無駄は作らない積み重ね
A埃対策 今ある分 これからの分
保管庫の中は 長い間の埃が積もっていた 銘木たちはこれまでの大半の時間をここで
人の目に触れることなくじっと過ごしてきた 単純に時間の経過による埃 汚れではない
自分の作業場では 埃が出る時は 窓を開け 扇風機で送りながらブロアーで埃は
外に出してしまうのだが 保管庫は天井も窓も高く 空調設備も簡単なもの
ここで風を起こせば 埃は舞い落ちるだけ
舞った埃は 鉋削りの仕上げにかなり悪い影響が出るのはわかりきった事だから
掃除機で今ある 埃を出来るだけ 吸い取ってしまう
銘木達は古めかしい埃が突いているだけで汚れている訳ではない
これから出る埃 ねじれを取る為に 電気鉋をかけると 乾燥した 細かい木の屑が
沢山出る 数枚を一気に電気鉋でねじれを取り 掃除機で丁寧に掃除をする
常に掃除を心掛ける これはどこでも同じ
まず 総ての木の鉋で仕上げる面も含め 雑巾を何度もすすぎながら表面の汚れを
綺麗に拭き掃除をして ねじれ取りに掛かる この拭き掃除をボランテイアの人にしてもらう
これも いつもの事だが鉋仕上げ以外の心配事は総て解決し 集中して取り組む事
自分なりの樹種別鉋仕上げの難易度評価@
銘木達の仕上げの難度を段階別に評価をしてみた 順番は仕上げた順番です
評価の目安は @容易Aやや容易Bやや大変C大変Dかからない の5段階とした
@青森ヒバ 130x630x2400mm 難易度レベル@容易
今回仕上げる銘木の中で自分なりには 一番容易と感じた
青森での小僧時代にヒバばっかり削っていたので解りきっている 一般的にも削りやすい
AB塩地 厚板105x385x2180 7枚組板180x460x2250 難易度レベルAやや容易
右端と左
【縮もく】 繊維が縮んだ様に見える杢目です 硬さ粘りは欅にほぼ近く
厚板の方は特に 色合い目の様子が栗によく似ていると自分には思えた
乾燥していてやや硬いが 仕上げは難しくはなかった
C水芽 120x340x2100 難易度レベルBやや大変
水芽の光沢
乾燥していて欅程ではないが硬い 目の密度が均一 導管が少ないので鉋の引きが重く
刃先の磨耗も早い 自分の求める仕上げの精度に近づけるため 小まめに砥いで仕上げ
やや時間がかかったので 評価はやや大変としました
密度が均一で導管が少ないので 美しい光沢が出て淡いピンクの艶のある仕上がりとなりました
D銀杏(いちょう) 180x430x2470 難易度レベル@容易
いちょうは街でもよく見かける木 長く保管されている間に 表面から3mm程度
焼けが入って変色していた 電気鉋でこの焼けた部分まで削ってから 手鉋で仕上げに入る
これまで自分がいちょうに対して持っていた印象よりは 目がよく詰まっていて硬かったが
仕上げの難易度から言えば 青森ヒバの次に容易だった
Eけんぽなし 150x440x1860 難易度レベルBやや大変
けんぽなしは初めて出会った樹だった 木肌は欅に似ているが欅ほどは硬くない
木表の表情がよくなかったので 木裏を仕上げる事にした
木裏(きうら)を鉋で削る 光にかざすと 鉋ざかいの艶の無いのがよく解る
木裏は木表(きおもて)と違い 逆目(さかめ)が起こりやすく 艶を出すのが更に難しい
それでも 仕上げとなれば 数ミクロインの鉋屑を出しながら 逆目を起こさず
艶を出す為 小まめに砥いで常に研ぎたての切れで 少しずつ削っていくしかない
F楓(かえで) 55x280x2000 難易度レベルBやや大変
楓は水芽に似て 目が均一で導管が少ない為 引きが重くやはり刃持ちが悪い
それに加え 水芽よりやや硬く 更に引きが重かったので やや大変でした
G脂松(やにまつ)80x650x3030 難易度レベルCかなり大変
迎賓館の修復の際に使用された木と共材 【蟹もく】と呼ばれる杢目がこれ程出るのは珍しく
とても貴重な樹だそうです 乾燥が進みかなり硬くなっている
今回削る銘木の中で2番目に大変だろうと予想していた 比較的小振りの
かけやすい木を数枚仕上げて来て 鉋削りの感覚はだいぶ蘇ってきたが
すりあわせや逃げが通用しないのは解っている ただ真正面から戦うだけだった
もし逆目を起こしてしまったら この硬い木をそこまで削る為に費やされる
時間と労力は全く無駄という事になる
これは手鉋で削る時も 電気鉋で削る時も同じでなければならない
電気鉋を1m掛けるのに15秒くらいのスピードでゆっくり丁寧押していく
長さ役3mの木だから 1回掛ける時間は約45秒くらい
夏目と冬目の接合部分より 木自身の硬化のほうが強く 逆目は更に起きやすい
手鉋も電気鉋も同じ ただゆっくりと押すのではなく
削っている部分の 刃先と木の具合に全神経を集中させ 敏感に感じながら
進めて行くのが肝心と考えている 是非実行してみて貰いたい
電気鉋も機械だからと思わず 自分の思うように働いてくれる道具と思い
大切に扱えば かなり丁寧な仕事をしてくれる筈 自分はそうしている
手鉋で仕上げる 脂松だから 脂が多い 硬い 切れ止まりはかなり早く 引きも重い
砥ぎたての刃で 長さ3mの木は2回6mが限界 食いつきがすぐ悪くなる また研ぐ
当然の事だが もう繋がった鉋屑は出せない たとえ数ミクロンの鉋屑でも木に馴染ませて
無理に引けば すぐ逆目が起きる 更に薄い鉋屑が出るように調整し
高い所を 僅かずつ削って 逆目の無い均一な面を作り 切れ味で艶を出していく
この場合に求められたのは研ぎたての切れ味と数ミクロンの誤差の均一な刃の出具合
刃の出具合はすでに目で確認するのは難しいレベルだが これをただ忠実に守り
手鉋も電気鉋と同じ 刃先に全神経を集中させてひたすら削っていく
気力と体力の勝負 丸一日これを繰り返し ようやく目標の仕上げの精度に近づけた
持ち込んだ流しが 大いに約にたった
Hきはだ 120x600x2160 難易度レベルBやや大変
きはだ これも初めて出合った木 目はけやきに近く 神代杉の様な色をしている
木表の表情がいまひとつだったので 木裏を仕上げる事にしたが この木自身の品のある
落ち着いた黒みがかった色合いと表情が良く調和して かなり魅力を感じた木でした
硬さは欅とほぼ同様か僅か柔らかく 鉋の引きはさほど重くはありませんでした
木裏を仕上げた為 けんぽなし同様艶を出すのに時間がかかりました
I栗 120x660x1980 難易度レベルAやや容易
栗は詫び寂びに通じ 時間の経過と共に味わいのある木です
普段から 楢を削る事が多い自分にとって 栗はやや楽に仕上げる事の出来る木です
数ヶ月前にも 頼まれて栗の一枚板でテーブルを製作し 手鉋で仕上げました
特に問題なく仕上げる事が出来ました
J黒松 80x900x1900 難易度レベルAやや容易
黒松 板状になっているので 脂松と呼んで良いと思う この脂松は一般的な中杢で
表情が素直でいい木でした 硬すぎもせず 脂があるので 多少引きは重いですが
やや容易に仕上げる事が出来ました
K屋久杉 130x680x1970 難易度レベルCかなり大変
L山形杉 150x900x2450 難易度レベルCかなり大変
M霧島杉 150x750x2520 難易度レベルCかなり大変
ほぼ同じくらいの大きさの杉を3枚 屋久杉 霧島杉 山形杉を仕上げる
杉はやはり難しい 均一な平面と艶を両立させて 納得の行く高い精度が出せるだろうか
今回の銘木削りの中でも 大きな山場だった
1枚目の屋久杉 【鶉杢 うずらもく】ねじれて成長するのでこの目が出るらしい
目が入り組んでいて特に逆目が起き易い部分と 油がのっている部分が同居していた
これまで削ってきた経験から逆目を止めるのは比較的容易でしたが
やはり 満足のいく艶はなかなかでなかった
2枚目は山形杉 【笹杢ささもく】名のとおり 笹の葉のような木目が点在する
山形杉仕上げ前
杉に向う時はやはり同じですが 屋久杉程枯れていなったので まだ楽でした
3枚目は霧島杉【笹杢ささもく】前面ではないが笹の様な木目が出ている
霧島杉【笹杢ささもく】
山形杉同様 屋久杉ほどの目のねじれや枯れて硬くは無いが艶を出すのは難しい
これらの杉の平面の精度を上げる為に刃幅の広い鉋(刃幅約3寸6分)を使いました
刃幅の狭い鉋より 刃幅の広い鉋の方がより 一回で高い所が削れる部分が多いので
効率が良い為です しかし鉋が大きくても砥ぎや刃の出具合 台の下端の
調整など基本がきちんと出来ないと無理かも知れません
軟材の杉に納得の行く艶を出す これが一番の課題でした
杉を仕上げる時の砥ぎに妥協は許されません 艶を出すには更に薄い鉋屑を均一に出す事が前提となるので
普段から自分の砥ぎをいかに追い込んでやっているかが総てだった
大きな発見
しいのは杉だと言う事を再認識しました
平面の精度を上げながら 逆目を完全に抑え 尚且つ納得の行く艶を出す
これを両立させなければならないとしたら それも今回の銘木の様に
目が入り組み 枯れて硬化している場面でさえも
自分のこれまでの鉋削りの経験で理屈的に 鉋は一枚刃で台の刃口が小さければ
完璧に逆目は止められると考えていた この考えは杉で崩れました
3から4ミクロンの鉋屑が出る状態まで鉋の状態を追い込み 綺麗に砥いだのに逆目がおきた
「一枚刃では駄目なのかもしれない知れない」と考えせざるおえない状況に立たされた
3寸6分の鉋は台の刃口が大きくなってしまっていたので すぐ仕込み直した
自分は鉋の本刃の角度は28度を標準にしている 場合によってやや寝かせたり立てたりもするが
今回の様に1回ひいて切れ味が無くなれば砥ぐ場合は これも小細工にしか過ぎず
やってもやらなくても状況はたいして変わらないので 28度のままで削った
裏座の砥ぎ角度は20度 段は無し 裏座の追い込みは20から30ミクロン程度
仕上げの鉋なら 台の刃口は15から30ミクロンぐらいの様だ
これを実践して 更に切れを高める為 材に対して30度くらい傾けて鉋をひいた
目標に近い仕上げは出来たが 納得いく仕上げは出来なかった
やっぱり杉は難しかった もっと色んな角度から探って状況に合った方法を見つけなければ
納得いく結果が出ない 大きな課題が残った
台と裏座 砥石と砥ぎ
鉋の刃自身ももちろんだが 今回のように高い精度の仕上げを求められる場合に
是非理解しておきたい台や裏座の事 使った砥石と砥ぎに付いて書き留めておきたいと思う
鉋台の長さと厚み
今回使った鉋の台の長さは 寸八 寸六 465mm
寸4 380mm 厚みはいずれも1寸(30・3mm)
「削ろう会」などで自分の鉋を見た人はわかると思うが 一般的に比べ長く薄い
更に一般的には楢など 仕上げが難しい木の場合 更に短くするという説が
かなり浸透しているのでは無いだろうか
自分に言わせれば これはただ表面を見た目に綺麗に仕上げる為に
馴染ませてるだけで これの方法ではすぐに限界が来る
今回の様に難しい木になれば 繋がった鉋屑が出ることが仕上がりの良さに
直結していると言う考え方は全く通用しない 繋がった鉋屑が出て気持ちが良いのは
削っている本人だけで 実際は艶も無く 平らでもなく 逆目が起きてるに違いない
きちんと仕上がっているという事は 逆目が無く平らで美しい艶が出ている事だ
これまでの経験の中から 台は長く 厚みは薄い方が良いと思っている
長台の利点
長台は板をはぎ合わせる時 台そのものを定規にして高いところだけを取り
数回削る事で はぎ面を平らにする時に使われる
板を剥ぐこと自体が大工の仕事から無くなりつつあるから やった事のない人の方が
断然多いだろう この理屈は板の平面でも同じ逆目が出ない様に 薄い鉋くずで
確実に高い所だけを削り平面を出していくのには 台そのものが定規になるので
長い台はかなり有効のはず これはやってみるとすぐ解るので是非お勧めです
台の厚み
鉋の下端の調整で削るから 鉋は使っているうちに薄くなるから最初は厚め
使って薄くなりはじめより使いやすくなったと感じた経験は多くの人がもっている
本当に粗削りしかしない鉋ならそれでも良いかも知れないが 道具だから
いつも手になじみ使いやすい大きさ厚さが良いに決まっている 自分にとって道具はそうだ
厚すぎると刃先の感触が手に伝わらない 自分なりに使いやすい厚さで良いのだとおもう
経験上自分は1寸が丁度良かったのでそうしている
長く使っていると 刃口が広くなってしまう 適当な物で埋めても良いが 自分の場合は
仕込むのは大儀ではないので 打ち直す事が殆ど 使いづらい道具は無くていい
裏座
裏座の理屈をきちんと理解し 重要性を解っている職人は殆どいない
自分は砥ぎ角度は20度にしている 段はつけない 理由は段をつけると詰まりやすくなる事と
どの位本刃に追い込んだか見にくくなる為
それから 大事なのは 仕込んだ時の裏座の硬さ もちろん裏座自身が歪んでいない事
本刃との刃先の馴染みが良いのは当たり前だが 台に仕込んで裏座をいれ
手で押して 本刃から手前2mm程度まで綺麗に進む事 これ以上硬いと 追い込んだとき
裏座に反りが生じ本刃と裏座の接点に僅かな隙間が出来 詰まり易くなる
仕込が硬い方がより密着していると考えがちだがそれは間違い
砥ぎの時間
自分の場合1回の砥ぎに掛ける時間は大体5分
やや丁寧に砥いでも8分程度だと思う
難しい木になれば 一枚を仕上げるまでに 何十回も砥ぐ事になる 大きな物になれば
それ以上かも 何回砥げば仕上がるという目安は無いから 木の状態に応じて
ただひたすら仕上がるまで 引いては砥ぎを繰り返す
たとえば一枚仕上げるのに50回研げば 1回5分で250分 4時間以上は砥いでいる事になる
今回の銘木削りも含め 仕上げ削りでは 刃が大きく欠けたりする事はないし
刃の磨耗が大きくなるまで鉋は引かない 精度の高い仕上げとなればなおさらで
まだまだ刃は切れるが 研ぎたての切れが無くなればすぐ砥ぐようにした
刃先の磨耗が少ないのだから 丁寧に砥いでもそれ程時間は掛からない
鉋の刃の切れ味が無くなった状態で引いて 逆目がおきてしまうより 時間も労力も
気持ちにも無駄が無くていいので 切れ味が落ちたと感じたらすぐ砥ぎました
砥石
仕上げ砥ぎは京都の「あいわ谷」の10cmx140cm木っ端塗石2丁で大半砥いだ
この砥石は良い砥石だが 特別に素晴らしい砥石ではない そこそこ砥ぎ傷が取れて刃付きが早い
今回のは ルーペで見て浅い砥ぎ傷が多少残るのは 気にならなかった
自分は砥いだ後の刃先はよくルーペで観察する様にしている 砥いだ刃先の様子から
水の汚れ 砥石の状態など色んな事が解り 結構いいデーターになる
自分なりの樹種別鉋仕上げの難易度評価 続き
N欅(けやき) 115x1060x2350 難易度レベルAやや容易
けやき 面付き【如燐杢 じょりんもく】魚のうろこのように見える木目
欅は座卓などに良く使われるが 一般的に杢目が大柄で 民芸調になりやすい印象を
自分は持っている 面付きは尚更で丹精になりにくく 自分はあまり使わない
しかし木に詳しい人に教えて貰ったら 九州の欅は別物だそうだ
今年の初旬に たまたま縁あって 九州の欅の一枚板を数枚買った 樹齢が経っていることも
あるだろうが やはり関東の欅とは違い目が詰んで 色合いも良く 存在感があった
この欅は更に目が詰んで色合いもやさしく 面の着き具合もよく 品格があった
木自身は 一般的な欅よりやや柔らかく 欅の割には削り易かった
多少目が入り組んでいる部分を逆目がおきない様に気を付け 仕上げの最終段階では
1から2回ひいてはすぐ砥いでを繰り返し 艶を出しました
O栃 とち 120x900x1800 難易度レベルC.5かなり大変
栃の杢目は独特です 【葡萄杢ぶどうもく】と呼ばれるそうです 成長する間に木の中で
何が起きてこうなるのか 比較的寒い所で栃は巨木が出る時があります
大きな一枚板の座卓も見かけますが 手鉋で最後まで仕上げる事はありません
板目にも係わらず 小口と節がこれ程入り組んで沢山あると 本当に手鉋で仕上げ切れるか
この木ばかりは 正直 自分にも自信がありませんでした
予想通りの展開で かなり大変で時間が掛かりました
面の状態をもう少し詳しく説明すると まず削る面の3分の一は小口面の状態で
木自体も乾燥していて硬く 逆目が出やすく 鉋の刃先の痛みが激しい
更に小口面の中に 節が割れているような部分が点在しその割れと割れの間にもっと細かく
割れている部分がある この部分は鉋を引くと鉋の動きで一緒になびいてしまい
削りとる事が出来ない引く向きを変えても 同じで 実際鉋でなでているだけで
何度引いても高低差は縮まって行かないので 覚悟を決めて
更に薄い鉋屑が出る状態に鉋の刃の出具合を調整し 極端に言えば1回引いて
1回砥いで 色んな方向から引いて 丹念に削るしかありませんでした
これが削る面に何箇所もあるし もともと小口面が沢山あるのと一緒だから
刃持ちもすこぶる悪く この時ばかりは サンダーでも良いかなと考えました
一日削って時間切れ あと少しと思いながら 終わりの無い作業がもう丸一日掛かりました
P春日局欅 130x900x4750 難易度レベルBやや大変
この欅は3代将軍家光の乳母春日局(かすがのつぼね)が正保2年に手植えし 長く御神木と
されていた木を 昭和50年に枯死して伐採された物だと保管庫の資料に書いてありました
まず大きいです 保管庫の隅に立っているこの木を ホイストで作業するところまで
移動するのが大変でした
バランスをとりそこなえば 大きい分自重が重いので どんな動きをするかわかりません
周囲にある銘木を傷つけたら大変だし 結構思い切った作業だったかも
作業台に据え付けて 雑巾で溜まった埃を拭き取り 電気鉋でねじれをとるだけで
二人で半日 手鉋での粗削りは 手伝いに来てくれていた杉本さん関谷さんが半日
仕上げ鉋を 高田さんが2日間掛けて削ってくれました
その後 最後の仕上げを自分が一日かけて 終わりです 電気鉋のねじれとりから
掛かった人工を数えればこれ一枚に削りだけで5人工掛かった事になります
やはり時間による硬化が進み この欅は欅の中では一番硬い部類にはいると思う
このレベルになると鉋の鋼(はがね)の性能そのものの高さが仕上げを左右してくるように思う
今回この企画展様に更に気を入れて打ってもらった鉋の鋼の性能には 自分として
ゆるぎない信頼があったので 後は自分の耐力と気力を振り絞っての削りになりました
Q春日局欅 (神戸展用追加分)60x920x1960 難易度レベルBやや大変
これらの手鉋で仕上げられた銘木たちは竹中工務店東京本社での東京展の終了後
神戸の竹中大工道具館で披露される為 移動する
自分の技術が 遠く神戸近辺の人達にもみられる事に気がついた そうなのだ
東京展で展示される「春日局欅」は大きすぎて神戸では展示できないので
同じ由緒の別の板を追加で仕上げる事になった
ただ すでに作業中に保管庫の奥のほうまでどうしても飛んでしまった鉋屑などを
丹念に掃除した後だったので 電気鉋でねじれをとるのは気がひけた
大して難しい木でもないし 大きさも程々なので ねじれ取りから手鉋で削る事にした
横ずり
この作業も自分としては 結構日常的な作業 横ずりをして平面を出す
横ずりの時も 逆目は起こさない事 削っている厚みが仕上げ削りとは
所詮違うので 程度は違うが 気をぬいて深い逆目を起こせば仕上げの時になく事になる
横ずりに使う鉋は よく切れて刃持ちいいのがいい どうしても刃先のダメージが大きいので
刃幅は比較的狭いのを使う事が多い 研ぎが楽だから 横ずりの大きな目的は
平面をきちっと出す事だから 長めの台を使って 台自体を定規にして 高い所を
確実に削って行く 時々 面全体に定規を当て どの部分が高いか確認することも大切
人の目でも大体は掴めるのかも知れないが 横ずりの段階で平面の制度を上げておいた方が
後で仕上げ鉋を載せるのが楽になる 保管庫は暑い 人間電気鉋はやっぱり大変だった
仕上げ削りは この板は東京展用の欅ほど硬くなく 一般的な欅の硬さだったので
特に難しくは無かったが ねじれ取りの分をいれて 難易度はやや大変とした
総評の総評 銘木鉋削りを終えて
予定通り
約一ヶ月 鉋削りの為に通いました 仕上げる銘木が結果1枚増えて
18枚になりました 木材の移動 掃除などをボランテイアの人に手伝って貰い
手鉋仕上げの一部を 少し手伝って貰い 追加分も含め21日で終わる事が出来ました
銘木保管庫で木を見て 想定した範囲からそれ程外れる事は無く 難儀するだろうと
感じた木は難しく 時間が掛かるだろうと思った木は時間が掛かりました
今までも 今も比較的日常的に鉋を使い続けてきたお陰だと思います
初めて見る種類の木もあったし よくかける種類の木も ただどれも銘木でだけあって杢目に表情があり
経年変化による硬化が進んでいて 安易に削れる木は少なかった
杉の難しさ
今こうして何とか期待に答えられる仕上げが出来たかどうか振り返れば
強く印象に残った事は 鉋がけはやはり杉が一番難しいと言うことでした
軟材の杉を逆目を全く起こさず 平面の精度上げ 更に美しい艶を出す
すべての仕上げの要素のレベルを同時に上げるのは本当に難しい
台が9割
良い削りをするのには 鉋の鋼の信頼性は高いのを前提にすれば
台の良し悪しが仕上げの9割を占めるという事です
良い台の要素としては 長さ 厚さ 仕込み具合 材 調整 保管手入れなど
何れも重要だし それぞれの事についての自分なりの詳しい理屈はまた自分のHPの
何処かで説明しようと思いますが ここで 鉋に適した材の事を少し書こうと思います
一般的に鉋の台の材は樫(かし)が使われる 硬く磨耗に強く比較的全国に
分布していて 入手が容易だったせいだろう
鉋に適した樫を選ぶとき
自分はまず産地と乾燥具合が気に掛かる
いつも御願いしている京都の台屋さんは 山陰の物が多いそうです
1年間に 自分は結構仕込みます なるべく乾燥している物をまとめて送ってもらいます
それから届いた樫は 一回粗削りをしてから 更に何年か乾燥させてから使います
樫は成長の良い大木の物は 好まない 関東の物は比較的これに近く
一本の台の質が均一なりにくい様に感じます 理想は直径25cmから30cm位の物
で2本丁度取れるくらいの太さ 素性がよく 均一な台をなるべく御願いしています
追柾か柾か
一般的には目が詰んでいる物 目は追柾が良いとされていますが
自分の意見は少し違う むしろ 目の詰まり具合は多少粗いくらいが良いと思っている
柾目の台
理由は樫の表面には沢山の導管が見られます これは樫の木肌の大きな特徴です
導管は樫が伐採される以前 森で生きている間 成長する為の水分や養分の通り道です
鉋の台の小口をルーペで観察してみると 沢山のストローの穴が並んでいるのがよく解ります
導管が多いと台は湿度の影響を受け易くなり 狂い易くなります
それに導管付近は拡大してみると がさがさしていて 他の部分より柔らかく
導管が多いと台の下端は均一にはなれません 追柾になれば尚更です
均一な柾目だと割れ易いという理由で 一般的には追い柾が好まれるようですが
台を仕込む時 使う時 手入れや保管方法でこれはかなり防げると思います
自分は台に狂いが出ても均一に出る 柾目を好んで使っています
狂いの生じる条件をなるべく作らない様にする事が大事で
狂い易ければ 調整の為に下端を削る事が増え 余計な労力も使うし
刃口はすぐ広くなり 仕上げの制度にも大きな影響がある
砥ぎに関する考え方はそれ程複雑ではなく 長い時間一生懸命研げば誰でも上手くなる
しかし台の理屈を理解しなければ どんな条件でも仕上げられる様には絶対なれない
まず自分で台仕込をする
先入観を持たず 色んな角度から観察し 試してみて
鉋の理屈と性能を深く理解して行くように常に心掛けて行けばかなり上達するに違いない
上手くなりたければ 沢山仕込む事だ 必ず良い結果が出る
ただの大工の自分にどうして 誰がこんな役割を与えたのだろうか
自分が 手鉋で仕上げた木が沢山の人の目に触れる
上手くなりたかったら 自分で仕込めと 沢山の若い職人達に話してきた
自分としては 今回の銘木削りも 技術を何も知らない子供たちにも
同じ職人にも すごいと思わせる 高いレベルの仕事をそこに残したいと思っただけだ
いずれ自分も鉋を置く時が来るだろう 今のうちに 確実な物を若い人の心の中や
何処かに残しておきたいと思うのは 人の業なのかも知れません
何とか 終わりました その後会場の設営も手伝い 自分の仕上げた銘木たちが
整然と並ぶ時にも 立ち会えた ひとりの来館者として確かな素材感と人の手から
生み出された 気持ちよさを感じる事が出来ました
ご協力頂いた方々 有難うございました 本日開館です
2006年8月21日 阿保 昭則
竹中大工道具館H18年度企画展「木挽とその道具」東京展
2006年8月21日(月)から9月29日(金) 入場無料
10:00から18:00 日 祝日 休館 最終日17:00まで
竹中工務店東京本社1F ギャラリー 03-6660-6011
東京都台東区新砂1−1−1 東京メトロ東西線東陽町3番出口 徒歩3分
財団法人「竹中大工道具館」
TEL 078-242-0216 FAX 078-241-4713
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